地域ってなんだ!?02〜アーティスト|ヒデミニシダ〜

「アーティスト:地域の中の愉快なストレンジャーたち」

 アーティストの活動は、アトリエにこもって作品を制作し、それをギャラリーで発表するといったことだけに限りません。例えば、芸術祭(*1)やアーティスト・イン・レジデンス(*2)といった機会には、いつものアトリエをいったん飛び出して、見知らぬ地域に滞在し、その地域と関わりながら作品を制作します。でも、そう聞くと「どうしてわざわざ不慣れな場所に出かけていって制作をするの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、アトリエにじっくりと腰を据えて作品制作に向き合うことは、アーティストにとって重要な時間です。一方で、見知らぬ地域に出かけていって、その地域を不慣れな滞在者として探索しながら作品を作るということも、アーティストにとって、まだ出会ったことのない世界の断片に触れる、特別な機会なのです。それは通りすがりの旅行者とも、長年の住人とも少し違った存在です。不慣れな滞在者、つまりストレンジャーとしてその地域に入り込み、活動する。そこからアーティストたちは多くのものを得ていると思います。

 ところで、地域での滞在制作で新たな興味やインスピレーションを受益しているのはアーティストたちだけなのでしょうか。ストレンジャーとしてのアーティストを受け入れる地域はそこから何かを得ているのでしょうか。このことを考えるのに、まずは社会におけるアーティストの役割とは何か?というすごく根本的な話をしなければなりません。

 アーティストが社会に対して負う役割は様々あると思いますが、ひとつ言えるのは、アーティストは社会に向けられたのぞき穴、または鏡のようなものである、ということです。それはつまり、普段の生活の中では見落としてしまうような、世界の美しきディテールに眼差しを向けるのぞき穴であり、我々の社会が今抱えている問題、誰も気がつかなかった価値や可能性を映し出してくれる鏡であるということです。豊かな社会を拓いてゆくような、気づきのタネを見つけ、その社会に暮らす人々と一緒になって水をやる。それがアーティストの重要な役割の一つなのだと思います。こうした気付きのタネは大都市の中にもあるし、もちろんそのほかの地域にもたくさんあるはずです。むしろ、巨大な都市では見つけにくいような、ユニークなタネが地域にはたくさん見つけられるかもしれません。アーティストがこうした地域にストレンジャーとして入って行って、地域の人たちと一緒になって、まだ誰も気がついていなかった価値を発見し、育ててゆく。これはその地域にとっても、豊かな共同体を維持し、成熟していくための重要な機会だと思います。

 こうして、ストレンジャーとネイティブとの共同作業は、巨大都市のようなメインストリームとちょっと違う、でもユニークで新しい花を開花させるのではないでしょうか。地域ってそういう文化の畑のようなものだと思うのです。

(*1)芸術祭

芸術の祭典は日本でも古くから行われてきましたが、ここで取り上げている「芸術祭」は近年、首都圏を含む様々な地域で開催されるようになった現代美術を中心とした芸術祭、特に地域の風土や文脈をテーマに、地方で開催される芸術祭のことを主に指しています。こうした芸術祭は、瀬戸内や越後妻有をはじめ、日本では2000年代からどんどん増え、今や大小多くの芸術祭が各地で催されています。

(*2)アーティスト・イン・レジデンス

アーティスト・イン・レジデンスは特定の地域にアーティストを招聘し、一定期間その場所に滞在して、作品制作やリサーチ活動に取り組んでもらう事業です。アーティストは普段と違う環境に身を置くことで、様々な歴史や文化に触れ、自分自身や作品の幅を広げる機会を得ます。また、地域にとっては普段触れることのできない外からの視点と交流し、自身の可能性を再認識したり、文化を増進する機会にもなるでしょう。その歴史は17世紀のローマにまで遡りますが、今や世界中で大小のアーティスト・イン・レジデンス事業が活発にアーティストの滞在・制作・交流を支援しています。

 

ヒデミニシダ|Hidemi Nishida

建築的な手法をベースに、風景との対話を生む環境インスタレーションを多く手がける。当たり前にそこにある周囲の環境や、意識しなければ見えにくい事象に眼差しを向け、世界の広がりや、その美しいディテールに触れる作品を制作する。